双極性障害が自覚されにくい理由を、当事者として考える

なぜ双極性障害は自覚されにくいのか

僕は発達障害の当事者であると同時に、双極性障害の当事者でもあります。

僕が発達障害の二次障害として双極性障害を発症したタイミングは、20歳くらいのときだと思っています。俳優を志していた僕は演技の勉強に没頭していたのですが、もちろん俳優で収入は得られませんでしたのでバイトで生計を立てていました。

最初に感じた症状は、うつ症状でした。

わけもなく気持ちが落ち込み、次第に家から出られなくなっていきました。この「うつの感覚」を言葉にすると「アクセルを踏んでも加速しない車」のようなものです。アクセルを踏み込んでも「かすっ」「スコッ」といった、虚しい反応しか得られず車は加速しない。

本来、返ってくるはずの反応が、なんら得られない、空疎な感覚だけが足を通して全身に伝わってくる。そして次に「なぜ」という混乱、さらに不安と恐怖が襲ってくる。

僕にとっての「うつの体験」は、この「アクセルを踏んでも加速しない車」の感覚として、その後もずっと変わることなく付き合い続けることになります。

話を、僕が若者だったころの時代に戻します。僕はバイトも続けられなくなり、そのうち寝床から出ることもできなくなりました。

明らかに「助けが必要な状況だ」と今の僕なら考えることができます。でも当時の僕は、自分の置かれた状況を説明するに足るだけの知識もなければ、現象を抽象化して婉曲的に理解する助けとなる内的世界も持ち合わせていませんでした。

うつの期間は数ヶ月で改善されて、次は、ゆるやかでフラットな期間が来ます。このときは、ほぼほどに動けます。さらに、ランダム周期で気持ちが上がる「躁」の期間がやってきます。

僕の場合、こうした気分の波は、自分が抱える問題を深刻なこととして受け止め、病院に行って治療を受けるなどの対策をとらなければならないという危機感を稀薄にしてしまう装置として作動してしまいました。

これは双極性障害がもつ怖さの一つだと僕は思っています。
めちゃくちゃしんどくて、社会適応ができず、助けを必要としているのに、フラットな期間と躁の期間によって、それらしんどさや危機感が「ま、いっか」という楽天的な感覚に包みこまれてしまう。

おまけに、躁という状態は、うつよりも自覚しづらいと感じます。人は、うつを認めることはできても、躁を認めること、自分の気分が上向きに逸脱していることを認めることは難しいのではないか。それはそうです。本人は「この上なく良いコンディションだ」と思っています。

それに「落ち込んだ期間が長かったから遅れを取り戻さなくては」という、失われた時間を取り戻そうとする心理も手伝って、自分が躁の状態であることを認めることは、極めて難しいのです。

そんなわけで、僕は「自分は、うつになりやすい体質なんだろうな」という程度の自覚しか持つことができず、双極性障害がもたらした無数の失敗を重ねながら、38歳まで人生を過ごすことになります。

僕が生きた時代は、発達障害について、まだまだ広く認知されていなかった時代です。

少しでも負担を軽減するための様々な情報にアクセスできる、
社会に少なくとも発達障害当事者を理解する必要性を唱える存在がある、

こうした面において、これからの次代を担う人たちを、僕は正直、羨ましく思うこともあります。

ですが、どれだけ情報が充実しようとも、発達障害当事者への理解が進もうとも、発達障害当事者が常に高い社会的ストレスにさらされている現状は続くでしょう。ですので、二次障害を発症するリスクは、多くの発達障害当事者が背負っている重荷だと言えます。

二次障害という言葉は、
後からならいくらでも説明ができます。

でも当時の僕にとっては、
助けを必要としているという認識そのものが、
そもそも立ち上がっていなかった。

それが、双極性障害の
いちばん静かで、いちばん怖いところだったのだと思います。

今回、僕がここに置いていく言葉が、
誰かの時間を、少しだけ短くできたら。
それで十分です。

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