カッコ付きの「パニック発作」と、僕が折り合いをつけてきた時間

今日は、発達障害当事者である僕が、長年抱えている制約の一つである「パニック発作」について言葉にします。

この記事は医学的な説明や診断を目的としたものではなく、発達障害当事者である僕自身の体験と認識を言葉にしたものです

また、この記事は「診断名を得ること」よりも、僕が自分の身体体験をどのように理解し、どう折り合いをつけて生きてきたか、を言葉にしたものです。

カッコ付きの「パニック発作」

まず、僕が「パニック発作」と、この言葉にカッコを付けている理由について言葉にします。これは、
「たぶん、そうなのだろう」、
というふうに言語化できます。

つまり、僕の中では、あくまでも「仮」の域を出ない認識のかたちをとらなければ説明できない問題である、と僕が考えている、ということです。

パニック障害の診断書を書いてほしい、と医師にお願いすれば、たぶん書いてくれるのではないかとは思います。しかし、はたしてそれが、僕の今後の人生にどのような意味を与えるのか? と考えてみたときに、あいまいな推論のもとに微妙な結果しか浮かんでこないのです。診断を確定することが僕にとって、意味ある、有効な手段なのかどうか? ちょっと疑問符がつく、といったところです。

少なくとも、これまで生きてきて、パニック障害を抱えている事実を公的書類をもって証明しなければならない場面に僕は出会ったことがない。次に述べる僕のマインドは、あくまでも個人的な知識と経験に基づく私的な見解であって、他人に勧める気は毛頭ありません。

そのマインドとは、
正式にパニック障害と診断されたとて「それで? 僕の人生が何か変わるのだろうか?」という、ある種の諦めにも似た気持ちのことです。

ですので、繰り返しになりますが、僕が今回の記事で言っている「パニック発作」とは、
これまでの人生経験から消去法的に得られた、
僕なりに一定の納得を置いている、暫定的な認識にすぎません。

はじめての「パニック発作」

僕の人生において、初めてこの「パニック発作」を経験したのは30代の前半のときです。

ある初夏の日曜の昼過ぎ、僕はバイクに乗って移動中でした。
それは突然に起こりました。

呼吸が思うようにできず、息苦しい、
うなじの辺りに冷たくピンと張り詰めるような硬直感、
みぞおちの少し左側にぎゅうっと締め付けられるような感覚、
軽い吐き気もある、
視界に入る日差しの輪郭が強調され、キラキラとした無数の柱のように見える、
視界が断続的にブラックアウト(真っ暗になる)、
まるで、とても寒い冬の日に口から思いっきり寒気を吸い込んだときのような「冷たい無感覚」が口の中や喉を覆う。

僕はバイクを路肩に止めてその場にうずくまったのですが、15分、30分と、じっとそうしていても一向に苦しさは軽減されていかない。

「ここで死ぬかもしれないな」
と思いました。

マリオ・プーヅォの小説「ゴッドファーザー」のワンシーンを思い浮かべていました。心臓発作を起こしたビトー・コルレオーネが最後につぶやいた言葉は「人生はこんなにも美しいLife is so beautiful)」だったなあ、と、ふと思い出しながら、僕は、うずくまっていた。

でも、なんとか身体は動く。
歩くこともできそうだ。

ちょうど運良くというべきか、その場所は、休日でも開いている総合病院の数百メートル手前でした。視界が断続的に暗くなる中、ガードレールや電柱を手探りしながら、僕はその病院までなんとか歩いてたどり着きました。

何種類かの検査を終えるころには、症状はすっかりよくなっていました。なんとなく予想はしていたのですが、医師から僕に伝えられた言葉は「検査では問題は見られない。しばらく様子を見てみてはどうか」でした。腑に落ちない点はあったものの、その日は帰宅しました。

この心臓発作のような症状は、その後の僕の人生において何度も起こることとなります。ただ、その最初の時期においてすでに僕はなんとなく「たぶん、これは死ぬようなことじゃないんだろう」という漠然とした理解を肌感から得ていたような気がします。はじめての発作のときには、もちろん恐怖を感じましたが、それでもどこか冷静に自分を観察しているような感覚もありました。

「ADHD特性を持つ者は、定型発達者ならうろたえて恐慌をきたしてしまうような局面で逆に頭が冴えわたる」という説を聞いたことがあります。この考えは僕には当てはまっている、と感じています。ただ、この話については、また別の機会に言葉にしたいと思っています。

さて、この症状は僕のその後の人生において何度も起こったことはすでに述べましたが、その発生パターンについて言葉にしておきます。僕の「パニック発作」は、おおむね外出時によく起こります。在宅時も皆無ではないですが、その症状はかなり軽いものであることが多い。こうしたことから、やはり心理的なストレスが関係しているのではないか、と個人的には感じています。

謎のまま

僕にとっての「パニック発作」は、もう20年近くつきあっている制約であり、今ではある程度の客観的な視点からこうして言語化することは難しくありません。でも若かった僕にとっては、もちろん今のような理解の立場に立つことは難しかった。ですので、これまで何度も病院に行き検査を受けてきました。

そのたびに検査の数は増えた。でも、原因ははっきりしない。
このときの僕は、もちろん「パニック障害」などという認識は全く持ち合わせていませんでした。
病院での様々な検査に加えて、24時間装着型の心電図をつけて自宅で過ごしてデータを取る検査もしました。さらに「労作性狭心症」の可能性を除外するためにニトロ(ニトログリセリン)のカプセルを常に持ち歩き、発作が起こったときに服用するということもしました。しかしニトロは僕には効果がなく、この線も消えました。

最終的に「心臓カテーテル検査」を医師から示唆されましたが、医師からは同時に、その検査は非常に身体への負担が高いことも伝えられました。そうした次第で、僕はその検査は受けないことに決めました。ある意味、先延ばしです。

この先延ばしの心理としては「そんな検査を受けたって、またどうせ『異常なし』なのでは?」という思いや、すでに述べたように「死ぬことはないのだろう」という、弱々しくも明確な認識が得られていたということ。そうした諦観と達観の気持ちがあったからでしょう。

問題がどうやら精神科領域の範疇であることがうっすらと見えてくると、医師はしばしば「すうっと」さりげなく距離を取り始めます。僕は「パニック発作」以外にもいくつかの制約を抱えており、「パニック発作」と同じ文脈で謎の答えを求めて病院に行った経験は、おそらく普通の人よりは多いでしょうし、生来、僕はそのような距離感に非常に敏感です。

誤解していただきたくないのですが、僕は医師を責めるつもりは毛頭ありません。
「医は仁術」なのかもしれませんが、同時に医師は科学者であり、理系の頂点職のひとつです。さらに、日本の医学会の構造内における精神科医療の位置づけもふまえれば、医師のこうした姿勢はごく自然なものであり、かつ科学に対する誠実な態度の表出といえるのかもしれない、と僕は思っています。

カッコ付きの「パニック発作」

さておき、そこからさらに月日が流れ、
いつだったかハッキリとは記憶していないのですが、
ある人から、
「それってパニック障害では?」
という言葉をもらう機会を得ました。

その線で調べてみると、なるほど、うなづけることが少なくない。

こうした経緯を経て、僕はこの問題をカッコ付きの「パニック発作」と、いちおうの決着をつけた次第です。

発達障害当事者として生まれ、さまざまな制約を抱えてきた僕の制約リストに、また一つ制約が加わったわけです。ちなみに、僕が抱えている制約の代表的なものは、突発的な疲労、パニック発作、過敏性腸症候群の3つなのですが、これらについてはまた改めて別の記事にて言葉にしたいと思っています。

僕の場合「パニック発作」という理解に至るまでに長い時間を要しました。
今回、僕が置いていく言葉にふれた誰かにとって、
この言葉が道筋を示すものになれたら、
それで満足です。

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