拝啓、不登校の君へ

不登校の君へ。
僕の言葉を残していこうと思う。

まず、いま、
学校が辛い、
苦しい、
と思っている君へ。

すぐに逃げることだ。
退却することだ。

自分の命を守ることだ。

そしてそれは、別の生き方を選ぶことだ。

それを、恥だと言う人間の言葉を、君は聞かなくていい。

僕は君の退却を、決して否定しない。

つぎに、自分の命をとりあえず守ることができた君へ。
伝えたいことがある。

君は、不安な君自身を支えようとして、
学校に行かないことを正当化せいとうかしようとするだろう。

「学校よりも家で勉強したほうがタイパが高い」
「才能があれば学歴なんか関係ない」

こういった、君にとって、心地の良い言葉が気になっているはずだ。

だが、少し僕の話を聞いてほしい。

日本には、
みんなと違う生き方をする人、
みんなと違う考え方をする人、
そういう人が、みんなを救った。

そういう物語が、ほぼない。

西洋には、
イエス・キリスト、
ガリレオ・ガリレイ、
アイザック・ニュートン、
など、みんなと違う人々が、
みんなを助けた物語がある。

だが、日本には、
そういう物語が、ほぼない。

そして物語は、人の心をつくる。

だから、
みんなと同じ生き方を選んだ人たちは、
みんなと違う生き方を選んだ君を、受け入れない。

僕は君の決断に「勇気」というラベルを貼る。
でもみんなは「失敗」というラベルを貼るだろう。

みんなは君にチャンスを与えない。
君がとうぜん、選ばれるべき場面でも、君は選ばれない。
君の代わりに選ばれるのは、みんなと同じ生き方を選んだ誰かだ。

みんなと同じ生き方をしてきた人たちは、
意地悪いじわるでそうするのではない。

「自分は必死でみんなに合わせてきたのに」
「遊びたくてもがまんしてきたのに」
「それなのに、がまんしないやつがいるなんて、許せない」

残念なことだが、これが人間の一つの側面だ。

君は「才能があれば、活躍できる世界はきっとある」と考えているのだろう。

僕のことを少し、話そう。

俳優、漫画家、脚本家、IT業界、
そうしたクリエイティブな世界を、僕はすこし、見てきた。

だが、そのような世界も、
「みんなと同じじゃない道を選んだやつは仲間じゃない」
この空気から自由になることはできない。

つまり、
学校に行かない、という道を選ぶこと、
その意味は、
退却だけではない、ということだ。

それは、君がそうすることで、
君は知らず知らずのうちに、
将来の敵を作っている、ということでもあるのだ。

そして人間は、
「あいつは仲間ではない」
「あいつは敵だ」とみなした存在に対して、
とことんまで残酷ざんこくになれる、そんなかなしい存在だ。

「才能さえあれば、みんなと違っても、受け入れてもらえる」

そんな世界は、日本には、どこにもない。
みんなと違う道を選んだ君は、必ず孤独になる。

だから、ぜひ君に考えてほしいことがある。

それは、
「自分は、孤独の中でしか生きられない人間だろうか?」
ということだ。

孤独はきつい。
残酷な目にも遭う。
仲間はできない。
敵ばかりが増える。

だから僕は君に、
「孤独の世界へようこそ」
などと、気軽に言うことはできない。

もし君が、孤独には生きられない人間だと思うなら、
まだ道を選ぶことはできる。

そして、みんなと同じ道を歩むことだ。
それは、回れ右して振り返り、
元の苦しいだけの道に戻るということではない。
君が楽に生きられる、別の道を選ぶということだ。

よく考えてほしい。

だがもし、君が孤独の中でしか生きられない人ならば、
僕は言う、君は一人ではないと。

僕と君は、
出会うことがあったとしても、
ともに生きることはないだろう。
なぜなら、僕と君はお互いに、
孤独の中でしか生きられない人なのだから。

それでも、
この世界のどこかに、
同じ呼吸のしかたをしている人間がいる。

その事実だけは、
君の手元に残っていていい。

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