2026年の抱負的な、なにか
1月になりましたので、今日は、
2026年の抱負的な、なにか、
そして、大山龍巳とはどんな人なのか、
こうしたことについて言葉にしたいと思います。
さて、僕は「今年の抱負」をはじめとした、定期的なイベントごとの全般が苦手です。
クリスマスだからパートナーを強く意識した言動をするとか、
正月だから何かをしなければいけないとか、
夏だから……ハロウィンだから……(以下略)
誤解していただきたくないのですが、僕は日本に四季があることは、おおむね良いことだと思っています。おおむね、というのは、僕は暑いのも寒いのも苦手だから、といった程度の意味でしかありません。
さておき、このような季節のイベントは、僕にとっては、自身の内面まであらかじめスケジューリングされてしまう感覚が強く、どうしても苦手なのです。
それでもあえて、2026年の抱負的ななにか、を言葉にするならば、まあこれまでやってきたように、言葉を置いていく者、としての表現活動を続けていくということになるかと思います。
具体的には、ブログ、書籍執筆、講演活動、動画投稿などを考えています。
自己紹介的な、なにか
さてここで、改めて、大山龍巳とはどんな人なのか、自己紹介的ななにか、を言葉にしておきたいと思います。
僕は、物書きです。
これまでの人生において、生来の制約や、僕の人生における選択肢を断つことになった数々の後天的に生じたハードルによって、多くの挫折を経験し、それら挫折に伴って社会を構成する複数のレイヤーを見てきた物書きです。
そして僕は「自身を定義するラベルを持たずに生きてきた発達障害当事者」という一面を持ちます。
どういうことかというと、僕は1975年生まれで、発達障害の診断を受けたのは48歳のときでした。ですので僕は「私は発達障害当事者です」と世界に対して、そして自身に対して、自己を定義するラベルを持つことなく、その年齢まで生きてきたということです。
そして、僕の発達特性における凹凸は、言語理解が突出したタイプのため、会話は普通にできます。むしろ僕に対して、饒舌な人という印象を受ける人も少なくないのかもしれない。
さらに、僕はいわゆる「毒親」のもとで育ったことから、他人の顔色を読んで最適な言動をする能力が、いびつな形で高度に発達してしまった。
さらに、僕はいじめ体験者でもあります。同級生のみならず、教師からもいじめを受けました。そうした経験は僕に、人生の早期において、人間という存在に対する、ある種の「あきらめ」や「見切り」とでもいうべき態度を与えたように思われます。この諦観は僕に、自身の内的世界で葛藤や矛盾を解決する自由と重荷を与え、結果としてそれは、孤独を恐れない性格と、人生における絶えることなき疲弊を生み出しました。
僕のこうした背景が、48歳になるまで誰からも発達障害の可能性を指摘されず、そして僕自身もその視座に到達することがなかったことの、大きな要因だと考えています。
そして、この背景は、発達障害当事者の多数派がもつ背景ではないのではないか、と思っています。
僕は、生きづらい。それは確かです。
しかし、日本の社会システムは、僕を以下のようにラベリングします。
医療は僕を、
「この人は受け答えができる。意思疎通も成立している。
もっと切迫した困難を抱えている人は他にもたくさんいる」
というふうにアセスメントします。
いっぽうで、福祉や心理の領域では、
「社会的に破綻しているわけではない」
「最低限の生活は維持できている」
「支援の優先度は高くない」
と、ほぼ同じ結論にたどり着く。
つまり僕は、
医療から見れば「まだ大丈夫な人」であり、
福祉から見れば「すでになんとかやれている人」としてラベリングされる。
その結果、僕は常に「本当に困っている人ではない」という位置に置かれてきたといえます。
つまり僕は「今の社会のどこにも帰属すべき場所を持たない発達障害当事者」と言えるかもしれません。
誤解していただきたくないのですが、ここで僕は医療や福祉などのシステム批判をしたいわけではありません。そもそも、僕は帰属・所属すべき場所を求めていませんし、僕を優先的に支援してほしいなどという気持ちも毛頭ありません。
ただ、僕がこれまで見てきた景色を言葉にしておく。それが、はたして意味のあることなのかどうかは、わからない。これが現在の僕が感じていることです。
僕の人生を通して持ち続けてきた人間という存在への強い関心と、自身が発達障害の診断を受けたことにより、48歳という年齢で再定義された新たなアイデンティティ。それ以降、僕はさまざまな発達障害当事者のありようを見てきました。
発達障害当事者の多くは「普通に生きたい」と願っている人が多いと感じます。僕のように「普通に生きることができないから、表現者の道を選ぶ」という人は、少数派ではないでしょうか。
ならば、このような得意な立ち位置を持つ僕だからこそ、言葉にできることがあるのではないか、と考えています。
それは「責任」とか「責務」などといった、堅苦しい言葉ではありません。
誰かのために声を上げるべきだ、
とか、
誰かを助けたいとか、
そんな高尚な志は僕にはありません。
それは「やれるんなら、やったほうがいいんじゃない?」くらいの、柔軟性を備えた、常に流れる水のようなものなのでしょう。


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