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発達障害

発達障害と、見えないボールの話

48歳で発達障害と診断された当事者が、コミュニケーションを「卓球」にたとえ、見えないボールを擬態して生きてきた経験と、その苦しさを言葉にします。
発達障害

ADHDとASD、双方の特性を併せ持つとは、どういうことなのか

ASDとADHDを併せ持つ当事者として、特性が「相殺」ではなく内部で競合し疲労や二次障害を招く構造、理解されにくさと発信の難しさを言葉にする。
発達障害

なぜ雑談は重たいのか、報酬としての情報、労働としての感情、淘汰されなかった発達障害者

情緒交換と情報交換の価値の非対称性を手がかりに、発達障害者が社会で浮き上がる理由と多様性の意味を考えます。
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役割に埋没できない人間として、生きている

今日は、僕がこれまで生きてきて、ずっと感じてきた違和感のひとつを、言葉にします。その違和感とは、なぜ人は、自分が「説明しやすい存在」に切り縮められることを、これほどまでに容易に受け入れてしまうのか。といった問いかけとして、僕の中にずっと、存...
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ASD & ADHDの僕が、身体と頭を静かに扱うために続けてきたこと

ASD・ADHD特性による突発的な疲労が人生に与えた制約と、その軽減のために実践してきた身体の緊張緩和と瞑想について綴ります。
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「老婆心ながら」という言葉に、なぜ身構えてしまうのか

「老婆心ながら」今日の僕は「老婆心ながら」というフレーズが気になっています。「老婆心ながら」とは、「老婆心ながら申し上げますが……(以下略)」、「老婆心だと思って聞いてください……(以下略)」などの文脈で使われる前置きフレーズです。つまり、...
発達障害

一人でいても、一人きりにならなかった理由

自分の中に複数の個性があるという感覚から、生涯「孤独」を苦痛として感じてこなかった体験を静かに綴ります。
発達障害

発達障害当事者が思う、筋トレを語ることの難しさ

今日は、なぜ僕がこれまでの人生で、通算30年以上にわたって筋トレを続けているのか、について言葉にします。これほど長く筋トレを続けている僕にとっても、実は、筋トレは言葉にするのが非常に難しいテーマでもあります。理由は、世間が思い浮かべる「筋ト...
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なぜ体罰はいけないのかを、人間の不完全さから考えてみる

体罰をめぐる現場の議論と自身の体験から、人間の不完全さと暴力を許さない社会の意味を静かに考察します。
発達障害

カッコ付きの「パニック発作」と、僕が折り合いをつけてきた時間

今日は、発達障害当事者である僕が、長年抱えている制約の一つである「パニック発作」について言葉にします。この記事は医学的な説明や診断を目的としたものではなく、発達障害当事者である僕自身の体験と認識を言葉にしたものです。また、この記事は「診断名...