「10年以上、タメ口の会話なし」の孤独が、むしろ自然だった話

僕は孤独についてたびたび言葉にしてきていますが、今日は僕の実体験を踏まえつつ、あらためて孤独について文章にしてみたいと思います。

10年以上、「タメ口」の会話なし

僕は38歳のときにひどく体調を崩しました。
おかげでそれまで続けてきた仕事をすべて失ったうえ、当時学生として在籍していた大学も退学を余儀なくされました。
そしてほどなくして、ほとんどあらゆる社会的なつながりを失ったのです。

この期間は10年以上にわたって続きました。
その間、いわゆる「タメ口」、つまりは――相手と自分とを対等な立場に置き、打ち解けてくだけた口調で行われる親しい人同士での会話――で会話する機会がまったくありませんでした。

それはつまり友人、恋人、家族。
そうした身近なつながりにある人々と、たとえば「今日こんな事があったよ」とか「今はこんな事を考えてるんだ」などといった情報や情緒を交換できる相手が一人もいなかった、ということです。

なお、少し話がそれますが、ここでは「私は家族であれ友人であれすべて敬語で会話しています。そのように育てられましたから」という人のことは、申し訳ありませんが今回の文脈においてカウントしていない、乱暴な表現をすれば、切り捨てて、います。そうした人々もいることは知っています。僕はたびたび社会的マイノリティについて言葉にしていますが、この空間でもなお、こうしたかたちでマイノリティの不可視化は行われるのだな、などと、少々の心苦しさを感じながらこの文章を書いています。

話を戻します。
その極めて孤独な期間において僕が他者と交わす会話といえば、お店という社会的装置におけるインターフェースである店員との「お箸お付けしますか」「いえ、大丈夫です」くらいのものに限定されていました。

想像してみていただきたいのです。
もし自分が、誰とも打ち解けた会話をすることができない。そんな状況に10年以上も身を置いたら、どう感じられるのかを。そしてそれが、あと10年以上続くよ、と、たったいま宣告されたとしたら。

むしろ自然に感じられた

こんな状況を想像したら多くの方が「耐えられない」と感じ、すぐにでもそんな状況から抜け出したいと感じるのではないでしょうか。しかし不思議なことに僕はまったくそういう切迫した気持ちを感じることがなかった。

そんな生活を10年以上も続けていたら発狂してしまいそうだ。などと感じられる方もおられるかもしれない。しかし奇妙なことにそのような長い孤独の日々を送っていた当時も、僕は孤独であることそのものを辛いと思ったことが一度もなかったのです。

その時の僕は、それまでの人生を思い返していました。

20歳で東京に出てきた僕は、自分のことをいわゆる「普通の人」だと思っていました。自分はコミュニケーション能力において人より劣るところはなく、むしろ優れているのではないか。場を支配する力も備えているはずだ。そんなふうにいい気になっていました。

いくつかの挫折を経て会社員となった僕でしたが、自分が孤独の中でしか生きられない人間なのではないか、といった自己理解は、僕の認識の範囲からは、はるか外にありました。フリーランスとして独立してからは、積極的に異業種交流会へ参加したり、英会話サークルをはじめとした習い事に性を出したりして、あらゆる場所に出向くことで人脈を広げようと躍起になったものです。

僕は発達障害当事者です。もっとも、その事実を知るのはずっと後になってからのことになります。そして、今思えば当時の僕は甚だしく疲弊していました。

形式だけのビジネス上の会話、何ら本質を持たない空疎な言葉のやり取りに、心の奥底では強い違和感を感じていた。でも、社会人としてきちんと振る舞わなければ、と自分を鞭打っていた。
加えて僕には他者と自分との間の距離をはかるセンスも非常に低いことが今では理解できています。誤解されると困るのですが、すべての発達障害当事者がそうだというわけではありません。

ですので僕はそもそも、「他者との距離があること」に疲弊していたのではなく、「距離がないふり」をしなければならないことに疲弊していたのでしょう。それはそうです。僕はコミュニケーション強者でもなんでもなく、むしろ弱者の方だったのだから。

自分のことがまったくわかっていない弱者が、あたかも強者であるかのように必死で演じ続けてきた。それが僕の20代と30代に、僕が書き添えることができる説明書きでしょう。

他人から見れば、都会の中の牢獄、社会の中の監獄とも映るであろう、10年以上にわたる圧殺されそうな孤独。
ですが僕にはその孤独は「もう無理しなくていいんだよ」と語りかけてくる優しい存在として、あとから言葉にするなら認識されていたように思えます。

この優しさの感覚について言葉にすることは僕にとっても簡単なことではありません。
人との関わりから解放されたからか、
誰からも期待されることがなくなったからか、
演じなくてよくなったからか、
そうした様々な理屈で説明することもできるかもしれません。
ですが僕にとって最もしっくり来る説明とは、例えて言うならば、
自分が魚であることに気づいた。陸地では生きられないことを知った。
というふうに言葉にできる気がします。

このようにして僕は、むしろそれまでの「自分は孤独なんかじゃない」「自分はコミュニケーション強者だ」などと自分を偽っていた人生のほうが、不自然だったのではないか、と考えるようになりました。

見えにくい孤独

孤独の中に生き、孤独の中でしか息ができないと感じている僕のような人間は、孤独を引き受けることと引き換えに、ある種の責任を免除されているように見える面があります。

いっぽう、社会のルールや福祉・医療などの物差しを使って判断する場合、
この人はどう考えても孤独ではない、とみなされてしまう人々の中にこそ、より深刻な孤独が潜んでいるのではないかと思うことがあります。

家庭を持ち、子供もおり、きちんとした仕事をしていて、親戚付き合いや近所との関係維持のための交流も上手にこなしている。
しかしどこにも、安心できる居場所がない。

誰が言ったかわからない詠み人知れずの言葉ですが、
「本当に支援が必要な人は、助けたくなる見た目をしていない」
という、極めて重い格言があります。

困っている人を助けたい、と口にする人の多くが、わかりやすい物語を欲します。
この言葉は、そのことがもつ危うさ、存在すら知られないままに、いないことにされてしまう人々の存在を我々に知らせています。

あなたは孤独ではない、と社会からみなしてもらえるチケットを手にしている代わりに、その代償として義務を負わされる。しかし義務だけを課されて、誰も彼ら彼女らに共感しない。誰も抱きしめない。包摂しない。
このような、表面上は孤独に見えない人々こそが、目を向けるべき、助けられるべき孤独者なのではないか、とも思うことがあります。

意味も価値も持たない孤独は存在しうるか

この文章を書いている現在の日本においては、少しずつであれども、孤独を悪しきもの、治療すべき病気のように断じて全否定するような空気は弱まる傾向にあると感じています。孤独が持つ意味に目を向けようとする空気がほんのりとではあるけれども生まれつつあるように見える。

ですが今の僕は、へんに孤独を美化するような考え方は持っていません。
孤独を美化したり正当化したりする言説には、明示的であろうとそうでなかろうと、多くの場合に次のような強迫観念とも言える理屈が潜んでいることが多いことを僕は気にかけています。

「孤独に生きるのは結構だけど、結果は出せよな」
「孤独が肯定されるのはクリエイティブな生き方だけだ」

僕は個人的にこうした考えには乗れません。
孤独を活用して何をするかに目を向けるのではなく、孤独そのものに意味を見出す人生観もあっていいのではないかと思っています。

そしてこのように考えていくと、そもそも孤独に意味を見出そうという提言自体が、すでに社会的要請への迎合になっているような気もしてきます。言い換えると、孤独に意味、価値、役割などを与えなければならないという発想自体がすでに「強者側の言葉」ではないのか? 
という問いも成立する。
僕はいまだに強者を演じることから自由になれていないのかもしれない。

過去の僕、つまりは必死で偽りの自己を演じていた僕が感じていた違和感と似た感覚――
もしかしたら、自分は孤独の中でこそ上手に息ができる人なのかもしれない――
このような思いをうっすらとでも自覚していて、違和感を感じながら生きている人はいるのかもしれない。

そんな人に僕の体験からなにか得るものがあれば嬉しく思います。

僕たちはありのままの孤独、つまり意味や価値、役割から自由な孤独を認めることはできるのだろうか。
これからも見つめていきたいと思っています。

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